デンマークのことわざ。

昔、デンマークの女性に聞いたのだが。
誕生日が良い天気だったら、その人は、この1年、良い人であったそうなのだ。
今日の広島は、青い空にわずかな雲がうすくかかってはいるが、晴天と言ってよいと思う。
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さて2月16日、今日はわたしの誕生日である。
うむ、この1年、わたしは良い人だったのだろうな。




バレンタインな、千枚漬け。

赤いハートは、紫蘇で染めた千枚漬けである。
ちょっと見えにくいけど、その後ろには真っ白なハートというかそのままの色の千枚漬けもある。
ポイントは言うまでもなく、ハートの形に切っちゃったカブと、昆布である。
さすが、微笑みつつお客様の心と一緒におサイフもゆるめてしまう京都の商人なのだ。
ビジネスチャンスにはどん欲である。
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この素敵な千枚漬けを下さったのは、私のピアノの先生だ。
これはオモチロイなどど笑ってしまったが、一ヶ月後にはお返しの儀というかホワイトデーが待っている。
うーん、どんなお品で返すか、ちょっと悩んでしまうのだ。




「3月のライオン」に、はまった。

羽海野チカさんと言えば、知ってる人は知っている「ハチミツとクローバー」の方である。
その新作なんだが、この作品の世界観にすとんと心が落ちた、すっかりハマった。
三月町という舞台が、とても良い。今すぐにでも荷物をまとめて、そこへ住みつきたいほどである。
主人公の彼にとって重要な場である将棋会館は千駄ヶ谷だけど、暮らしの場はなんとなく東に進んで中央区っぽい。
それもウォーフロント開発の谷間に、いじらしく、したたかに残ってる築地から月島あたりのレトロな下町がイメージされる。
そこに小さな路地があって、てんで勝手に花やら観葉植物の鉢がころがっているようなフレンドリーな街があってさ・・・。私はドラマの中心となる若い彼や彼女たちをさりげなく、温かく、見守る近所のジジイ仲間になって、たまには酔っぱらって寿司折りのひとつも持っていくと、そんなシチュエーションも目に浮かぶほどである。
この「3月のライオン」では当たり前の家族関係をスクラップ&ビルドしつつ、もちろんその過程には切ない思いも行き違いもたくさんあるのだが、その上で、人と人が手をさしのべて、不器用だけど心を交わそうというのがあって・・・いいよな。
幸薄い独り暮らしのおっちゃんである私には、心にしみるエピソードがきらめくようであり、勇気づけられるようでもある。

単行本は2008年に第一巻が出て、それから現在、第五巻かあ。
まだ一巻を読んだばかりだけど、これからとても楽しみな作品に出会ったと思う。


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ラーメンライスについて。

今日のお昼は、どこかで麺をいただこうと思ったが打合せランチになってしまった。
ああ、ラーメンが食べたい。
そう言えば、若くて時間は余るほどあるがお金はとんとない、そんなびんぼな人の、びんぼな食事の典型としてラーメンライスが登場することがあるけど、私はそうは思わない。
びんぼ、というくらいだから高級な中華料理専門店はのぞく。すると、ラーメン1杯がまあ安くて500円程度か。それに、ご飯をつけて100円を足したら、合計で600円である。
これがびんぼなメニューであるわけがない。
どうしてもラーメンとご飯をいっしょに食べたいなら、家で作ればよいのである。袋入りのインスタントラーメンが100円程度、ご飯はコンビニでやはり100円くらいだ。調理のためのガス光熱費を入れても合計300円はかからないのだ。
おまけに炭水化物をおかずに、炭水化物を食らうわけで体にもよろしくない。
では、ラーメンライスとは何か?
それは、単なる趣味、嗜好品。
あるいは、炭水化物にまみれたデブの素だ。
決して、びんぼが悪いのではないのである。




18歳の歌姫、シャリース。

アジアから世界へひとりの女性歌手が名を上げた、シャリース18歳である。
今夜、NHKの番組SONGSを見て初めて知ったのが、その若さとは思えないほど上手い。天与の声に加えて、英語圏に生まれ育った彼女は英語の唄にムリがない。現在、世界の音楽シーンというか音楽市場をひっぱっているのはアメリカだから、英語というかアメリカン英語が巧いのは商品的にも重要なことなのだ。
そんなシャリースは、セリーヌ・ディオンの再来とも言われているそうだ。番組の中では、そのセリーヌと同じステージに立つシーンも紹介されていた。
むむ、さすがセリーヌである。
早くも若い才能に目をつけて、親しみをこめつつ、心の広いところを見せつつ、そして「あたしと同じポジションに並ぼうなんざ百年早い!」と印象づけた、肉食獣のセリーヌだ。
と言うのも、シャリースの唄の上手さは「紅白歌合戦のステージに立つ森進一」を思わせるのだ。
妙にステージ慣れした「くずし」が耳につく。
このままでは話題が去ると同時に、つまり18歳の歌姫というブランドが誕生日のたびにはがれていくと、あっという間に場末の流しのシンガーになっちゃいそうな懸念がでかい。
彼女の歌には、まだ心を打つものがない。当たり前である、まだほんの18歳なのだ。
だが肉食獣セリーヌが気にせざるを得ない才能はあるのだ。今はもっと真摯に唄と向き合い、楽曲の表現を♪ひとつまでぎりぎりまで磨いて、本物になって欲しいと思うのだ。




風邪をひいた。

朝起きるたびに、のどがカサッカサになることが続いた。ちょっといやな予感がしたら、案の定、週末にのどから風邪をひいてしまった。
すぐに行きつけに医者に診てもらったら、扁桃腺が真っ赤・・・とのことだった。
そんなわけで先週末の土曜と日曜はおとなしく家に引きこもっていた。
お昼にビールを飲むと、荒れたのどにひんやりと気持ちよく、夕方になると熱燗がのどを開いてくれるようで心地よい。そんな感じで明るいうちからお酒にひたり、本を読み、バターをこってり乗せたパンや、ハムだのチーズだの、ふだんの節制を一切オフにしてハイカロリーな栄養補給に努めた。 
これで風邪さえひいてなかったらなあ、それはもうセカンドお正月な気分だったのに。
ちなみに土曜はピアノの初稽古であったが、休んだ。
のど風邪だから人にうつる心配はないと思うけど、ピアノの先生は受験生をかかえた身の上である。受験生ご本人も、その親も、デリケートな時だと思い、ご遠慮したのである。
みなさんも、どうかお気をつけ下さい。




佐川光晴、「おれのおばさん」。

青空を大きくトリミングした、どっちかというと素っ気ない表紙をめくると。それはもう、饒舌な語り口がいきなり始まって、ちょっと度肝を抜かれました。
それからは一気呵成に物語の背景が説明されて、主人公の思いが提示されていく。
それはもう痛ましい彼と、家族の、明日が見えない日々がはじまるのだが、読み手の同情なんぞをまるであてにしない勢いで、おれの「おばさん」が登場し、スピーディに物語が進んでいくのだ。
それがなんとも心地よい。

さて、ときおり気の迷いで、ベストセラーの本を手にすることがある。
そのほとんどで失望するのが、作家のお嬢様と編集者がお互いに小さな世界をつくり、その努力の証として刷っちゃったような、まあ、はっきり言って面白く何ともない本が多い。

この「おれのおばさん」は、そんな眠たいお小説とは違うのだ。
ページを繰るごとにドラマがあり、心をゆさぶられる。
今年、いろんな本を読んでいくと思う。あたりはずれは当然だが、どう紹介していくべきか。そのスタイルが、まだ見つからない。
とりあえず、今日はこう言っておきましょう。
「おれのおばさん」、これはお薦めです。
ぜひ、ご一読を!





大河ドラマ「江」、はじまる。

NHK大河ドラマ「江」が、はじまった。
織田信長の妹であるお市の方については、まさに波瀾万丈。
その3人の娘のうち長女の茶々は豊臣秀吉へ、三女の江は徳川二代目の秀忠のもとへ。なんという歴史のスペクタクル!それくらいは知っていたが、ドラマというわかりやすいかたちで見るのは初めてである。

初回はいわば物語の背景に関するチュートリアルだ。次回から、どうなっていくか。
主役の上野樹里は、「のだめ」を脱皮できているだろうか。
ちなみに、「篤姫」の脚本&音楽のコンビが今回も担当している。「篤姫」の終わり頃には毎回、テレビの前で涙し、サウンドトラックはiPodに録っている。ついでに、鹿児島へも行っちゃったくらいである。

さて、「江」はどうだろうか。
この1年、どうか幸せな日曜の夜を迎えてさせて欲しいと願っている。




有川浩、「シアター!」。

今、もっとも楽しみにしている作家である有川浩の「シアター!」を読んだ。
小気味のよい会話、人のイヤな面も素晴らしい面も隠すところなく書ききってしまう勇気と筆力。
この作家は旺盛な好奇心と感度の良いアンテナを持ち、取材というかどこへでも飛び込み、自分が面白いと感じたことを、人に伝えたいと真剣に書いていく。そんなまっすぐな気持ちがいいんだよな。
そして何より、読んで面白い、楽しいのだ。
「シアター!」は、演劇の、吹けば飛ぶような劇団が舞台だ。
しかし、そこには濃密で力いっぱいに生きている、ちょっと失敗もしている愛すべき人たちが描かれている。
かつて「図書館戦争」の秀逸なネーミングにびっくりしたけど、それから刊を重ねるごとにぐいぐいと上手くなり、そして「三匹のおっさん」、「阪急電車」、「キケン」などなど楽しい読書の時間を過ごしてきた。

この作家と同じ時代に生きて、これからも新作が読める。これは幸せなことである。




秋葉市長、退任の会見拒否。

最後の最後に、馬脚をあらわした。
そうゆうことですね。

残りの任期は3ヶ月だからリコールもないだろうな、と判断したんでしょうね。
まさに、卑怯千万。
かつて、民主主義のモデルとしてこんな至言があった。
「君の意見にはまったく同意できない、しかし、君が自由に発言することを私は責任を持って守る」。
それが私たちの民主主義であり、首長のあり方というものではなかったのでしょうか?



広島市長、雑感。

広島市長の秋葉氏が、今日の仕事始めにおいて「この春の任期切れで、退任します」と言ったそうな。
やれやれ、3期12年を経てやっとその気になったか。
もう4年前だったろうか、タクシーに乗った時、乗務員さんに聞かれた。
「広島で今すぐ、辞めて欲しい3人の男はだ〜れだ!?」
その1)カープの山本浩二監督→その後、辞めた。
その2)藤田県知事→任期の最後頃はなんだか逆切れ気味だったが、やっと辞めた。
その3)秋葉広島市長→なかなか辞めるどころか、オリンピック誘致を言い出して市民の目が点になる。

彼も就任当初は、市役所に会場を設けて市民と語り合う場を作ったりした、まあ、すぐに止めちゃったけどな。
ここ数年は、市政を担う市長と言うよりも他のことに目が行っているかのようだった。もしかして、ノーベル平和賞をめざしてるの?という風評も聞こえてきた。
私としては、黄色い旗をひるがえした男性3人による「歩行喫煙摘発」隊員を結成して、市内をパトロールさせているのが、市民として本当に恥ずかしい。このイヤな広島市名物は今も、毎朝、市役所を出発して続いている。
日本や世界から広島市に寄せられた折り鶴を集めて、保管場所を作り、未来永劫に、そう永久に!保管しようと言い出したときには、ちょっとどうかしたのではないかと思った。
現在、広島市民球場の跡地にその施設を作ろうかどうかという段階だが、これはうやむやになって欲しいと心から願っている。まあ、おそらく市民の半数以上が賛成しないオリンピック誘致はなくなるだろうし、折り鶴をモノとして保存するなんて愚策も彼の引退によって消えちゃうだろうけどな。

東京生まれの彼がわざわざ広島にやって来たのは、なぜだろう。被爆都市広島としての未来と発展をめざしたのではないように感じる。彼自身の思いのたけをアピールする場として利用したのかな、と思っている。
いつのまにか彼にとって広島市民なんて、目に入ってなかったのかも知れない。それは、市民にも伝わっていたのではなかろうか。広島市の名園・縮景園では毎年2月に私がこよなく好む梅見の茶会が開かれるが、そこへある時、彼がやって来た時、誰もが知らん顔をしていたのを思い出す。

いまだ経済不況は続いているが、今年はより良い転換への機運も高いそうだ。
今回の市長交代は、この街にとって大きな価値のある、出直しのきっかけになるだろう。私は、そう願う。




小澤征爾さんの誕生日。

小澤征爾さんのドキュメンタリーをテレビで視た。
昨年の夏にガンの治療を経て、秋にはサイトウ・キネン・オーケストラを率いて長野県松本市で復活コンサートを指揮し、12月にはニューヨークで本格的なステージ復活をされるまで取材したものだ。
その中で、秋のサイトウキネンフェスティバルに向けての練習中のことだ。まだ、体調のこともあり医師から20分以上のレッスンはあかんと言われていて、本番に至っては7分まで、と言われているのだ。それでも全力でオケに向かう小澤さんなのだ。
的確な指示で音が変わっていくのが、素人の私にもわかる。まさに、まさにマエストロである。
それでね、ある日、マエストロがさあ始めようと、オケに声をかけてチャイコフスキー「弦楽セレナード」の冒頭が始まった?と思ったら、重厚な弦楽がふわりとメロディを変えて、明るく♪〜ハッピー・バースディ・トゥーユー〜になっちゃうんだ。
そう、この日は小澤さんの誕生日なのだった。
「彼らは、私の仲間なのだ」と小澤さんがつねづね語るオケの連中からの、なんとしゃれた誕生日の贈り物なのだろう。
私は、ちょっと泣いたね。
番組では、フェスティバル本番での「弦楽セレナード」全曲をオンエアした。素晴らしかった。

かつて音楽評論家の黒田恭一は20年前にこう言った。今、パヴァロッティと同じ時代を過ごす喜びがある、と。
それを思い出した。私は今、小澤と同じ時を生きているのだ。
とりあえず明日、タワーレコードに彼のCDをどっさり買いに行こうと思う。
小澤征爾、75歳。
彼の音楽をしっかりと聞いておこう。




お正月のテレビ風景。

元旦の昨夜、なにげなくテレビを点けたら恒例の「ウィーンフィル ニューイヤーコンサート」であった。これを視るとお正月気分になって、楽しいのだ。
このコンサートのあり様についてはちょっと感想もあるけど、それはまた今度。
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さて今夜は、やはりNHKの歌舞伎中継「こいつは春から」を視た。酒を飲みながら、ぼんやり眺めているのがいい。
以前、東京出張のおり、時間があれば歌舞伎座のひと幕見によく出かけたものである。舞台を見つめ続けることがあれば、ふわっと眠ってしまうこともある。歌舞伎はそれでいいのだ、と思う。
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これについては中村勘三郎がどこかのインタビューで、「見たいところは見て、そうじゃないところは寝ちゃっていいですから」と言っていて、我が意を得たと思った。
さて、歌舞伎ってなんとなく「おハイソ」なイメージがあるようだが、実は明治の中頃になって、時の天皇がようやく、初めて鑑賞した、というおハイソにはほど遠い歴史なのである。もちろん出雲の阿国からのルーツをカウントすればざっと430年の長い歴史がある。しかし、おハイソにはほど遠く、江戸時代には「歌舞伎の役者はひと所に定住してはならん」などというとんでもない定めが出るなど、まさに河原乞食の扱いであったのだ。
それが京都の四条河原で阿国が踊ってから300年以上の時を経て、京都から東京に移られた天皇にやっと観ていただけたというわけだ。そんなものなのである。当時のエンターテイメントのトップに君臨していたのは「能楽」で、歌舞伎は庶民のものだったのである。だから、歌舞伎をよくよく見たら、それはもうお客様第一の楽しませる工夫でいっぱいである。
去年の暮れは、てんでキャリアというか修業の足らないお坊ちゃまがおいたをして騒ぎになったが、いい薬になれば良いと思う。
などと、ゆるやかな舞台中継を眺めながら思うのだった。




初春の、事始めに。

元旦の広島はそれはもう、からりとすがすがしい青空だった。
近所の氏神様に初詣をして、天気がいいものだからそのままお散歩を楽しんだ。すると、県立美術館に人が入っていくのだ。ほほう、元旦から開館とはがんばるものだ。
「ポーランドの至宝」展である。実は一度、行ってるんだがあまりに人出が多かったので、とっとと逃げ出した。しかし、さすが元旦の美術館は人が少ないので、じっくり鑑賞できたのだ。
これは大変に幸先の良い、年頭の一日である。
そこで新しく初春の事始めとして、ブログを始めることにした。
この一年はどんな年になるのか。楽しみにしつつ、あれこれ書き込んでいこうと思う。

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写真が、売れた。

写真素材の販売サイトとしてぶっちぎりの品質で評価の高い、PIXTAがある。ときおり印刷物やホームページの制作に、ここから写真データを購入していた。ただ買うばっかりというのもなんなので、わしも写真を登録してみたのだ。
すると、
今日、連絡のメールがございまして「あなたの作品が購入されました」、というのだった。

うれしいじゃないか。

作品というのもおこがましい、ある建物を撮影したものである。購入結果は、S・M・Lの3サイズある内からいちばん小さなSサイズだ。
販売価格は500円で、わしにはAmazonなどで使えるポイントが170ポイント支払われるそうだ。これは希望すれば現金振込も可能らしい。

うむ、誠に小さな一歩である。

しかし、これまでのように「お!写真がいるの?ほんじゃ、わしが撮るのだ」などと強引にチャンスをつかみ、カメラを取り出したのとはちがう。
堂々と作品本位で、売れた、のである。ちょっと自分でも言い過ぎとは思うが、やはりうれしい。
これからも、写真に精進してまいります。

龍馬伝、いよいよ今夜

今年のお正月1月3日にはじまった龍馬伝は、いよいよ今夜、最終回なのだ。
先週の47話では「日本の夜明けぜよ~」と、空にむかって声をあげた龍馬にどんなエピローグが待っているのだろう。
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ここ数話ではわしのキーボードも湿りがちであったが、きっと今夜は心に残るドラマとなることを期待したい。
なお、オンエア前にお時間があれば龍馬伝の公式サイトをご覧いただきたい。
トップページのフラッシュ画像がくるっと替わって、のんきに風車をくわえた龍馬が出てくる。しかし、その背後にいや~な顔をした男がひとり、殺気をはらんで龍馬を見つめているのだ。歌舞伎役者・市川亀治郎丈である。彼の役は、京都見回組・今井信郎だ・・・。
それでは今夜、テレビの前でお会いしましょう。

龍馬伝、第45回を視た。

今夜は、お龍馬との最期であった。
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ふたりが長崎にいた頃、龍馬が朝帰りをしたもんで、すっかりお龍はすねたところ、彼は三味線をかかえて思いつきの唄を歌った。それで、お龍はほんとにもーと言いつつも、ころっとおさめられてしまったそうだ。このエピソードを、下関においてかたちをかえて再現している。
それにしても、あと3話である。
それなのに緊迫も、クライシスも、カタルシスも感じてこないのは、わしだけであろうか。
一昨年の「篤姫」では、最期の1カ月というもの毎週日曜の夜、わしはテレビの前で熱い涙にくれたのである。古い話では「新撰組!」でも、残り数話をおしむようにテレビにかじついたものだ。
しかし、それがない。
第39回「馬関の奇跡」において、高杉晋作が演じたダイナミックな長州戦争の話を大きなピークにして、それから坂道をころがり落ちるように物語の勢いがないなあ。
あと3話、ぜひとも記憶に残るストーリーを見せていただきたい、と願いつつ。
それではまた、テレビの前でお会いしましょう。

ロボコン、すごいぜ。

明日、ちょっと心おだやかじゃないことがあるのでつい夜更かしをしている。ぼんやりテレビを見たら、なんとロボコン!日本の理系学生たちが学校毎にチームを組んで、ファンキーな手作り機械を操って技術を競う大会なのだ。
まさに技術大国ニッポンの明日を担う若者たちが全国からやって来るのだ。さすが理系、ほとんどの連中がダサイ。しかし、かっこいい!
おっちゃんはテレビの前にずいずいとのめり込み、ほとんど正座して彼らの戦いを凝視し、右のチームに声援、左のチームに喝采と、すっかり入れ込んでしまった。まあ例によってスカタンなテレビ局によって、「三連覇なるか、伝統のチームに密着取材!」とかやっている。さすがに、このチームは決勝まで勝ち進んでいくんだが、それまでの各チームの戦いがいい。
それぞれに独自の技術をこらしたつもりが、或る者は当たり、或る者は大ハズシ!どいつも真剣に、懸命に青春をやっているのが感じられて、わし、もう涙が出そう(最近、歳のせいか涙もろい)。
さて決勝戦である。仮想・優勝チームとされた強豪は、あっさり負け。
しかも決勝で対戦した両チームのリーダーは同じ高校の先輩後輩で、優勝チームのリーダーが後輩であった。こいつのコメントがにくい。
「それじゃ、(先輩にかわって)僕たちが三連覇やりますから」。
むう、日本の明日はだいじょーぶだ、な。