がんばれ、Sony。

AppleがSonyを買収するのでは?という、いつもながらの株屋どものヨタ話が出たそうだ。
売上高で言えばSonyはグループ全体で2009年度に約7.7兆円、Appleは約430億ドルである。売上高では二倍近い差があるが、Sonyは家電に映画に音楽についでに保険にまで手を出している、これに対してAppleのお品書きはおよそMac、iPod、iPad、そしてituneだけで、これだ。
このうわさ話については、筋金入りのMacオーソリティーが書いてらっしゃる。

http://maimaikaburi.blogspot.com/2010/10/applesony.html

結論から言えば、「次世代の基幹技術を持っている企業ならAppleはいくらでも買うだろうが過去の遺産しかない企業に付き合っている暇はない」とゆーことらしい。
かつてSonyファンであったわしとしては哀しいが、そうだよな。と思う。

思えば、ずんぶん昔にビデオレコーダーの規格争いがあって、これ以上ないほど愚かな敗退にわしは泣いた(だって、Sonyのベータマシンを愛用してたから)。
その戦いの後半で、Sonyはわざわざメディアを使って「ベータってなくなるんですか?」という、広告戦略としてはゲゲゲの下なメッセージを発して、みごとに自滅してしまった。
それでもカリスマ社長の井深氏から大賀氏へと、単なる家電メーカーの社長交代にもかかわらず社会の注目を集め、しかも新しい社長は社内生え抜きどころか全くの畑違い、クラシックの歌手、というユニークなドラマがあった。果たして彼が優れた経営者であったどうかは知らない。それでも彼は自らオーディオのデジタル化に取り組み、CDやMDの開発をリードしたらしい。
ところがどうだ、現在のSonyにはなにも未来につながる技術やイメージやビジョンが感じられない。
あれはもう2年前だったか、Sonyの高級ブランドとしてオーダー受注による製品を作ります!という、おろかなプロジェクトがあった。その中で、オーディオ製品の巻があってNHKのドキュメントで取材されていた。
その回の主人公としてオーディオ・デザイン部門の部長、いかしたメガネでヒゲのスタイリッシュな中年男性が登場したが、うーん、残念であった。まるでビジョンがないまま部下と会議を重ねて、そのあげくが先輩のOB技術者を訪ねて、「やっぱソニーは技術」とか言いながら、キレイキレイな小手先の製品をつくり、カメラの前で大いばりであった。でもな、それは単に諸先輩が作り上げ、継承した加工技術を寄せ集めただけで、あんたは何をしたの?というクリエイティブのかけらもないものだった。そして、何より哀しかったのはこんな哀れなエピソードをオンエアさせてしまった当時のSonyの見識である。
そして今、わしはSonyの社長がアメリカ人であるぐらいは知ってるが、Sonyのブランドを身近に置きたいとはナノミクロンも感じていない、そのことに自分でもちょっとびっくりである。
かつてAppleはもうこの世から消えそうな瞬間があった。それを乗り越えて今がある、だから、Sonyもがんばって欲しいな。かつての栄光のDNAはきっとどこかにある、と思っているのだ。
がんばれ、Sony。

龍馬伝、第43回を視た。

船中八策は、新しい日本のビジョンを龍馬が描いたものである。
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これについては、そんなものは既に当時の学者や知識人が唱えたことであり、龍馬のオリジナルではない、というご意見がある。
ふーん、なのだ。
言うだけなら誰でも出来る、それを抜群のタイミングでリリースして、関係各位ならびに組織にアプローチして、「実行」に向かったというのが、すごいのだ。
そして、この龍馬伝ではまさに彼がこれまで心服し、心を動かされた教えと知と情熱の集大成が船中八策なのだ、と語っている。
横井小湘、勝海舟、河田小龍などなど、これまで出会った人たちの思想の偉大さをふり返り、それを活き活きと新しい時代の指針に託したのがこれじゃ。なのだ。
そしてね、わしが思うに、これまでの43回ではもっとも福山雅治という役者が龍馬らしくあったシーンなのではないか。
良いシーンだった。

ただ。それだけに、いよいよ終わりの近いことを感じてしまいます。今回は、なんと「藤吉」が登場した。ああ。

龍馬伝、第42回を視た。

ついに来ました、いろは丸事件なのだ。
ドラマの感想は、うん、うまく1話の中にまとめてるなあ。こまかな史実をトレースすることなく、しかしメインストリームはちゃんと抑えてます。
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わしら一部の歴史好きが話題にすることがある。それは、龍馬たちが交渉において(鉄砲も積んでないのに)『最新式の銃を積んでおった。その代金を払うじゃがー!』という交渉の記録があり、ところがどっこい1988年以降の3度におよぶ現代科学の粋をこらした潜水調査では鉄砲のかけらも発見されてない、という事実があるのだ。うんもー、龍馬ちゃんたらあ・・・というのが、わしらの見解である。
それをこのドラマでは岩崎弥太郎によって銃が積み荷にないことを航海前に明快に言わせておき、しかし、船があったら獲得できたであろう営業売り上げを算出して賠償額として訴える、ときた。つまり、逸失利益までもカバーせんかい!というわけである。やるもんだ。
また、龍馬が長崎においてヘビーローテーションをかけたというキャンペーンソング「♪~船を沈めた償いに~」を、実際に作曲してドラマの中で唄っちゃったのが面白い。

ただいま、いろは丸事件の舞台になった鞆の浦では、仙酔島において「龍馬といろは丸事件」展を絶賛、公開中である。そのプランニングにわしも参加したのが、ちょうど今から1年前なのだ。
この1年、龍馬伝のドラマを楽しみつつ、この日がやって来るのを待っていた。
そうか、ついに沈んじゃったか。である。
早いもんだな。

「キケン」、読了。

今のところ、わしがたいそう気に入っている作家・有川浩の本である。
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「ほどほどの偏差値で入学できる(*本書より)」、城南電気工科大学という思いっきり理系の大学が舞台なのだ。そこの文化系クラブ「機械制御研究部」こと略してキケンの連中が主人公である。
6つの連作ストーリーが、うんまあ、学生時代の青春を描いていくのだが、途中でちょっとテンポがスローになって、どうするのかな?と思っていたら、最後に泣かされました。
ページを開いて、わしは主人公といっしょにしばし呆然としつつ、ぐわあと胸にこみ上げるものがありましたよ。
相変わらず、この作者はやるなあ。
「クジラの彼」に出てくる海上自衛隊・潜水艦乗りの「彼」に見られるとおり、徹底的に取材してなおかつ、面白くそして心に響くよう仕上げてしまう。その手法で、今回はどこかの理系大学のバカヤローな連中(*ホメてます)に取材し、彼らのかけがえのないひと時の極上のエッセンスをすくい取り、そこから「キケン」というお話をつくちゃったんだろうな。
作家としてのぐんぐん成長していくんだろうなという、38歳、いわゆる「若書き」なところもたくさんあって、それが魅力にもなっている。これから、どんな嘘八百(*ホメてます)を紡ぎ出していくのか。とても楽しみなひとで、今年、読んだ本の中でも記憶に残る一冊なのだ。

<島>に戦争が来た、読了。

なんとも濃密で、不思議で、しかも心地よい読書体験のひとときであった。
加藤幸子著、<島>に戦争が来た。という本なのだ。
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終戦間近のある南の島が舞台なのだが、沖縄好きなわしとしてはどこの島だろ?と思いつつ読んでいたら、どうも、沖縄の島ではない。
作者の丹念は筆は、南洋の島でありつつもイメージに流すことなくきちんと特定した場所を描いている。ときおり出てくる島の歴史から、八丈島かなあ~と推察したら、文末の参考文献に「わたしたちの八丈島」 などがあげられていた。
この作者はそうした資料を読み込みつつ、しっかりと文中に<島>の存在を描いておられる。
さて、この小説の印象は抑制のきいた文章で、しかし、とてもメルヘンで幻想的でシリアスな世界が広がっていく。読み終えたあと、わしは思わず、ふわーとため息をついたほどだ。
じゃが、最後にとんでもない驚きが待っていた。
するすると読みやすい文章、闇に光るキノコ、少女の恋、終戦、現代の女性カメラマン。こうしたキャストをしなかやにストーリーテリングしちゃった作者は・・・、本書の初出時になんと74歳!
すかっと青空が広がる素敵なカバー絵を見つつ、あらためて、わしは深く、ため息をつくのだった。

龍馬伝、第41回を視た。

せ、切ない・・・。
高杉晋作・伊勢谷友介の最期であった。
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わしはこの辺の歴史年表はおおよそ頭に入っているので、もう、どとうのように今後のドラマの展開が予感されて希みよりも哀しみが立ってしまうのだが、みなさんはいかがであろうか。
この高杉晋作の役にとても優れたキャストを迎えて、ドラマは独自の輝きを放ったのではないかと思う。
そして今夜、番組最後のおなじみコーナーで、高杉晋作ゆかりの地において今も彼の遺徳をしのぶ地域があり、心のこもった行事を行っておられるというエピソードには、あらためて泣いた。

さて、なんと来週は「いろは丸事件」である。
自慢じゃないが、これについてはよ~く知っているのだ。広島在住のコピーライターとしては、一度ならず二度も三度も数知れず、このエピソードを学び、探り、大小のテキストに書いてきた。
それをドラマという立体的な時空間でどんなふーに描くのか。大いに楽しみなのだ。

それではまたテレビの前で、お会いしましょう。

龍馬伝、第40回を視た。

良いドラマは交響曲に似ている、というわしの思いによると今夜は新しいテーマの導入である。
しかし、それがむつこい。
土佐藩政・後藤象二郎と龍馬とのコミットメントなのである。
この役者さんは、もう次のオファーが来なくてもいい!ぐらいの気持ちで、それはそれは根性の悪いキャラクターを作り、演じてるなあ。
ついでにもう一人、徳川慶喜の役者さんもすごい。すっぱりと眉毛を剃り落として、なんじゃーこの不気味なオトコは!?というキャラを作ってる。
いよいよエンディングに向かって、どの人もラストスパートをかけているかのようである。
そう、今日は番組の最後にあった岩崎弥太郎のナレーションがとても哀しかった。
「これから10ヶ月後、龍馬は・・・」なのである。
そうか、もういつのまにか十月になっちまった。
わ、これを書いていて今、気づいた。
史実によると龍馬最後の日は、十一月十五日。
もうすぐ、じゃないか。

それではまたテレビの前で、お会いしましょう。

追記。
すべての良いドラマが交響曲ではない。今年の記憶すべき上質なドラマ「ゲゲゲの女房」は、ちがう。
あれはいわばエリック・サティの世界である。
心地よい音符のきらめきが静かにただよっている、それもあり。なのである。

龍馬伝、第39回を視た。

よく出来たドラマは、もしかして交響曲みたいなもんじゃなかろうか?
まず小さな音のテーマがさしだされて、そこへ次のテーマがからみ合い、いつしか大きなうねりとなっていく。そして、ひとつのドカーン!と大きなクライマックスを奏でるのだ。
そして今回は、まさにドカーン、だった。
海の上から龍馬たちが大砲を放ち、それが着弾する海岸をまるで気にもとめず歩く高杉晋作。
三味線を片手に戦場をゆうゆうと進み、がばっと刀をふるう。
むう、まるで映画並みの重厚かつスケール感のある映像が続くのだ。

なお、先週回はうっかり仕事をしてしまい、視てないのだ。
霧島初ハネムーン篇は、なんとしても、あとからでも、視ておこうと思う。

龍馬伝、第36回を視た。

あの寺田屋事件だった。
今回は、龍馬にとって終生の友となる三吉慎蔵・筧利夫にスポットがあたっていた。
史実においても、彼は龍馬の遺言に従ってお龍に伝えるべきことを伝え、長州の実家で面倒を見たのち、土佐へ送りとどけているのである。
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とまあ、そーゆーわけの今夜であった。
お龍・真木よう子さんはちょっと芝居を抑えすぎたのか、お登勢の言う「龍馬はんが好きで好きで、」が感じられない気がする。
しかし、来週は日本初の新婚旅行で九州へ、である。龍馬とふたり、どんな芝居を見せてくれるのか楽しみである。

それではまたテレビの前で、お会いしましょう。

龍馬伝、第35回を視た。

お登勢・草刈民代さんは、映画『Shall we ダンス?』を見て以来のファンなのだ。
バレリーナとしての評価はわしは門外漢なのでさておき、これほどノーブルな表情を持ったアクトレスは希少ではなかろうか。
そして今夜なのだが、これまでの登場シーンから比べて、あっという間に深いお芝居を身につけていらっしゃるING~現在形~なのだ。
懸命に演じている、それが伝わってくるのだ。
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このドラマはもう、ほとんどと言っていいほどキャストの演技がいい。
それぞれに龍馬と自分、その時代と自分、そして自らのキャラクター像を思い、描き、演じてらっしゃる。
これはもしかして、坂本龍馬という得難い人物のパワーなのかも知れない。

しかし、その一方でときどきシナリオは?な時がある。
今回で言えば、薩長同盟の寸前なのに、立会人の龍馬が新撰組の屯所にいきなり行くというムチャ。
しかも無事にすんでしまうとは??

また、なんだか唐突な感じもするけど、京都見回り組が身分の差(ばかである)を盾にして新撰組を嘲笑する。
こうした京都見回り組の悪役ぶりが強調されているのはもしかして「龍馬暗殺の下手人は→ □□□ 」ということへの布石なのかなあー。
とにかく慶応2年1866年1月の終わり、龍馬によって薩長同盟が成立するのだ。
しかし、それから1年半後の秋、京都の龍馬は・・・。

それではまた日曜の夜、テレビの前でお会いしましょう。

龍馬伝、第34回を視た。

か、哀しい。

近藤長次郎役の大泉洋さんが、「龍馬伝」の公式サイトに書いている。

http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/topics/20_comments/page2.html

その一部より、
>グラバーから船を買い付けて、長次郎は意気揚々としているけど、
 そのころから、ぼくは切なかった。
 その後に待ち受けていることを考えると。

わしはもう、このページを読んだだけで泣きましたよ。

吉田東洋・田中泯さん、武市半平太・大森南朋さん、その妻の富・奥貫薫さん、などなど。
このドラマには、素晴らしいアクトが続出である。

それではまた、テレビの前でお会いしましょう。

龍馬伝、第33回を視た。

ちょっと今回は切ないなあ。
近藤長治郎との別離がいよいよ迫ってきた。

キャストの大泉洋さんは、がさつ面々の中にあってユーモラスな味を出して、彼ならではの長治郎を創り出している。
ドラマの後半では遠く離れて暮らす妻へ手紙を送り、それを妻が幼子といっしょに読んでいるシーンがあったが、それがなんとも温かさを感じさせるだけに、余計に切ない。
まあ仕方ないよな、史実だもんな。

高杉晋作の伊勢谷友介はますます良い。
なお、彼は映画「あしたのジョー」に出るそうだ。主人公の矢吹丈にとっては永遠のライバルとなる、力石徹の役なんだが、そのPR用写真を見てビックリした。
まさに、力石なのだっ!
減量に減量を重ね、研ぎ澄まされた刃のような目をしている。実際になんと10kg以上の減量をしちゃって、プロのボクサーと同じ練習メニューもこなしたそうだ。
なお、重要な脇役であるトレーナー丹下段平は、岩崎弥太郎こと香川照之なのだっ。これも楽しみ!
主役の方にはとんと興味はないが、この映画「あしたのジョー」はちょっと見てみたい映画である。

・・・さて。
近藤長治郎が見おさめになる次回を思うと、つい別のお話に逃げてしまうのだった。
うーん、でも、今週もまたテレビの前でお会いしましょうね。

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龍馬伝、第32回を視た。

今回は2つのギャグが印象的でしたね。
その1、近藤勇が龍馬の当て身をくらってダウン。
その2、わざわざ江戸から千葉重太郎先生が上洛して、「龍馬くん、妹をもらってくれ!」
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いくらなんでも近藤勇と龍馬の対面とは・・・。ただ、龍馬がさくっと近藤を倒した刹那の雰囲気は、このドラマの中ではめったに出さない剣術の腕前を見せて、印象的でした。
重太郎先生につきましては、うむ、渡辺いっけいがいい感じに俳優のキャリアを重ねてますね。
かつて、朝の連続ドラマ「晴れたらいいね」で注目された時はわがままチックな若いキャラを演じてたもんです。それが今では、妹思いのおっちゃんとしていい味だしてます。
その後、寝所を襲ってきた近藤勇の殺気を瞬時に感じて、ギラッと刃をかまえたシーンがとても対照的でした。

物語は、いよいよ長崎でいろんな展開を見せそうです。
そして、あの愛すべき人物・近藤長次郎の哀しい結末も近づいてくるのだ、な。
それではまた週末、テレビの前でお会いしましょう。

サマーウォーズ、いい映画だな。

サマーウォーズは、以前、ちらっと原作を読んだきりだった。
ちゃんと映画版を見たかったのだが、今夜、テレビで見ることが出来た。

これは、はっきり言って良い。
今夜の放送を見逃した方は、ぜひともDVDでもレンタルして見ていただきたい。

わしは子供の頃、夏休みになると親戚の家に放り込まれて、でっかい入道雲の下を走り回り、お昼寝して、スイカを食べて、夜はカエルの合唱を聴きつつ寝る、という幸せな日々を過ごしたことがある。
これはどうも、わしの人格形成に大きな影響を与えたようで、夏になったら、入道雲、たんぼ、かえる、大勢での食事、寝る、というシンプルきわまりない図式がどこかに刷り込まれているのようなのだ。

このサマーウォーズの舞台のような、格式ある家じゃないないし(ごめん、わしの親戚たち)、ましてや美しい少女もいなかった(ごめん、わしのいとこたち)。
でも楽しかった、あの夏休みは。

そして、だ。
この作品は、映画としてもたいへんに素晴らしいと思う。
美術の基本イメージは、あれは、現代美術家の村上隆じゃないか?
そーゆー、今の日本のトップトレンドを使いつつ、活劇としてのツボをきちんとおさえている。
やたらと多い大家族もきちんとキャラクター付けができていたし、とにかくストーリーの展開が心地よいのだ。
そして人と人のきずながあることの喜び、それがいいな。

この次はぜひテレビ版ではなく、ちゃんと映画版を見たいと思うのだ。

龍馬伝、第31回を視た。

薩長同盟に向かう、産みの苦しみなのだ。
あらためて思うと、単なる脱藩浪士の坂本龍馬そして中岡慎太郎がいったい、どーやって当時のポリティカル・シーンのど真ん中に飛び込み、動かすことができたのか。
ちょっと想像がつかないよな。

さて今回は、長崎がよく登場してきた。
わしは長崎、そして亀山社中などを訪れたことがある。どこまでがロケで、どこからがセットかわかんないけど、鎖国の日本にあって海外に開かれた当時の長崎らしが感じられて、相変わらず丹念な仕事ぶりである。なお、中岡慎太郎とのツーショットは、やがて来るラストシーンが思われて、ちょっと切なかった。
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さて、来週は舞台が京都に移るらしい。
それではまた来週、テレビの前でお会いしましょう。

龍馬伝、第30回を視た。

高杉晋作(伊勢谷友介)がいい。
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今回の冒頭は、山口県長府の巧山寺における高杉晋作の挙兵である。
写真に残っているとおり彼はざんぎり頭で、秀才で、剣術にも優れ、三味線をつまびき、上海に出かけてイギリスの植民地政策を目撃し、もう、なんだかわかんなくらいスーパーな人物である。それを、このキャストは同じNHKのドラマ「白州次郎」よりも、はるかにフィットし、上手く演じているのではないかと思う。
そして、長崎の芸妓・お元(蒼井優)がむずかしい役にチャレンジしている。
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なんたって売れっ子の芸妓で、クリスチャンで、長崎奉行所の密偵で、したたかで、しかしアンビパレンツな自分に悩んでいる・・・。そんなややこしい役柄に、今回を見る限り破綻することなくがんばってるよな。
ついでに、長崎の油問屋・大浦慶「余貴美子」がどっしりと上手い。
このドラマは要所で、かなめとなる役所を据えて引き締めている。シナリオというか歴史の解釈については、時としてあのな?と思うことも多いけど、ドラマとして面白い。今のところ、西郷どんの役者さんがちょっと役作りに迷ってるぽいけど、第3部はますますたのしみである。

それではまた来週、テレビの前でお会いしましょう。

龍馬伝、第29回を視た。

オープニングから、違う。
第3部のスタートを迎えて、ぐいっと明治のシーンが登場である。
お懐かしや、佐邦さまが!

相変わらず、しっかり造った長崎のロケが良い。
グラバーたちの悪だくみあふれるシーンは、なんだか映画を観ているような気がした。
ではまた来週!

広島の古き愛すべきバーテンダーへ。

広島のちょっと古い酒呑みなら、ラテンという名のBARをご存じでしょうか。
2Fはでっかいスピーカーを置いたJAZZ喫茶、1Fはバックボード一面に世界中のお酒を並べたオーセンティックなBARでした。
わしがまだほんのかけ出しの頃から、おっかなびっくりで出かけてはカクテルのABCから教えていただいたのでした。
ある時、ボロボロになった英語の本を見せてもらった。
これはねえ、アメリカの進駐軍の人にもらったカクテルのブックで、英語の辞書を引きながら勉強したんだよ、とバーテンダーの木田さんは微笑むのだった。
マティーニの多彩なレシピ、きんきんに冷やしたウォッカの美味さ、時にはモルトとグレーンをその場でミキシングして玄妙なウイスキーの愉しみ方を教えてくださった。
決して上等ではないが、少なくとも酒を愛するドリンクカーを自負するわしの心の師匠であった。
その後、悪夢のようなバブルの狂乱がお店を土地ごとかっさらってしまった。それでも木田さんは、可部に居を移してのんびりとBARを続けていらっしゃた。自家製のミントを育てたり、つい最近はブログも開設されて、バーテンダー60周年を迎えるのを楽しみになさっていたそうだ。
しかし残念なことに先月の終わり、永遠の眠りにつかれたという。
ブログの最終ページにはおそらくご子息と思うのだが、感謝のメッセージが書かれていた。
最後まで現役のバーテンダーだった木田さん、いつか、あなたにカクテルをオーダーできる時までわしもこっちでお酒を勉強をします。
たくさんの美味いカクテルと、思い出をありがとう。

龍馬伝を、おかげさまで2日遅れて視た。

まさに龍馬、開眼!ですね。

先日の日曜はまぬけなことに見逃してしまったのだが、関係各位のサポートにより視ることができたのだ。
武市半平太のいちずにして、しかし半径5mしか見ていないのでは?とはいう狭窄な生きざまにけりがつき、その妻・冨のきりりとした美しさがきわ立った。

さて龍馬は、海軍操練所の仲間と集めて、こう言う。
「日本を洗濯するぜよ」。
このセリフのために、ここ数話にわたってこってりと回を重ねていたのですね。
その一方、京都の寺田屋ではお龍がタイミングを合わせたかのように、ぎこちないながらも笑顔をつくり、新しい自分に向き合おうとしていた。いいリズムが出てきましたね。

そして、ようやく、これまで封印していたのでしょう。
福山・龍馬は、はっきりと未来を見つめる表情を見せた。まさに、開眼なのだ。

来週からの予告編では、それはもう生まれ変わったような表情の龍馬がつぎつぎと登場している。
それではまたテレビの前でお会いしましょう。
こんどの日曜はいつものように午後8時です、それじゃまた!